2013年04月09日

倉敷母娘ふたり旅@

倉敷に行ってきました。
結婚式も無事終えて少し落ち着いた事もあり御礼の意味も込めてふたりで一緒に旅行をしようとあっこちゃんが誘ってくれました。
ならば別府でも行ってゆっくり温泉にでも浸かりたいよね〜と言いながらあちこち探したのですが少し遅かったみたい。
一泊で倉敷へ行く事にしました。

まず向かったのは『三井アウトレットパーク倉敷』
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買い物大好きなふたり。
テンション上がりますグッド(上向き矢印)

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ゴディバのチョコフローズンに、クリスピードーナッツハートたち(複数ハート)
広島では味わう事ができないのでついあせあせ(飛び散る汗)

ホテルにチェックインして倉敷美観地区へ。
美観地区はなんとホテルの目の前。
お部屋から白壁やなまこ壁の続く町並み一帯をを見る事ができました。

さぁ、ぐずぐずしてると日が暮れちゃうよ〜exclamation×2

倉敷は何度も行っていますが実は美観地区は初めて。
バスガイド(今はお休み中)あっこ選手がたいそう驚いていました。
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倉敷美観地区は江戸時代から明治時代を主として一部昭和初期にかけての町並みです。
倉敷川を中心とした商人の町で古い商家や民家が軒を連ねています。
1979年に伝統的建造物群保存地区に指定されました。
白壁に、なまこ壁などが特徴的な町並みで、観光地でありながら未だに多くの人々が暮らしているのが自然で魅力的です。
なんか落ち着くわぁ。

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『大原美術館』
「ここにはモネの『睡蓮(すいれん)』があるよ〜。」
「ふ〜ん。」
後から聞いたらエル・グレコの『受胎告知』があったそうでそれは見てみたかった〜。

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有隣荘
あっこちゃんがここは大原氏の別邸だと教えてくれたので帰ってから調べてみると大原孫三郎さんスゴい人でした。
地元の大地主であり倉敷紡績(クラボウ)の跡継ぎとして育った孫三郎さんは大富豪のボンボンですからろくに学校も行かず若いころは放蕩生活をし1億円の借金を作ったそうです。
怒った先代が孫三郎さんを東京から連れ戻し謹慎処分を受けその頃知り合った石井十次さんの活動に感銘を受け社会福祉事業にも興味を示すようになったそうです。
その後倉敷紡績に入社。
そこで工員が初等教育すら受けていないことに驚き、職工教育部を設立、工場内に尋常小学校を設立し働きながら学ぶ工員の教育を支援したそうです。
倉敷紡績の社長就任と同時に工員の労働環境改善を図り衣食住にわたり工員が生活しやすい環境を整えていったようです。
また会社の利益のほとんどを日露戦争などで増えた孤児を救うために孤児院を支援し、支援金額は現在の金額では数百億円に上ったと言われます。
倉敷紡績を育て、クラレを興し、中国銀行、中国電力の礎を築き、そうした実業を超えて壮大な視野で社会を考えた人だったと言われています。
昭和5年に児島虎次郎に収集を依頼した各国の美術品を収蔵する大原美術館開館。
昭和18年、62歳で人生の幕を閉じました。
「わしの眼は十年先が見える」これが孫三郎さんの口癖だったようです。
そう思うと人生ってちゃんと軌道修正できるんですよね。
若いころの放蕩ぶりが帳消しになる位、いやそれ以上に自分の会社を大きく成長させ社会に貢献できる。
すばらしい目
大いに見習わなくっちゃ。
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日が暮れるまで美観地区をうろうろと散策して夜はゆっくり温泉に浸かりました。
露天風呂サイコーいい気分(温泉)

2日目につづく次項有次項有

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広島ブログ
ラベル:倉敷 美観地区
posted by りょうこ at 01:26| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 家族や身内の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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