2024年04月12日

クラクフで

ポーランド5日目の夕食はクラクフの街のおしゃれなレストランで。

サラダ
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羊のチーズの燻製にベリーソースがかかっています。
不思議なお味。

チキンのソテー(チーズソースかけ)
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メレンゲのケーキ
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こちらもベリーソースがかかっています。
さっぱりしててまさかの完食。

そして赤ワイン
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この日は前日と同じ「ノボテルクラクフ シティウエスト」に連泊。
昼間かなり歩いたのでくたくた
Xやインスタグラムの投稿もままならず寝落ち

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ホテルで何時間も親子でサッカーゲームをやっていた10歳くらいのポーランド人(たぶん)の男の子がラッソー君のポーランド版みたいであまりにも可愛すぎてたまらないから日本から持って行った「じゃがりこ」を無理矢理あげました(押しつけた)
「Thank you!」で泣いた
あのじゃがりこ食べてくれたのかな。

翌日の朝食。
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ビュッフェで食べるものはだいたい決まってます。
豆の煮込み大好き過ぎて毎日食べてました。

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何言ってるか言葉わからないくせになぜかいつもお部屋でTVつけてるの何?

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さぁ、6日目はクラクフの歴史地区の観光です。
もはや3ヶ月も前の事なんで若干記憶が薄れてきています



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2024年04月10日

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」C

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」

坑内の見学コースの中盤を過ぎたあたりに岩塩抗のメインともいえる「聖キンガ大聖堂」があります。
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深さ101mにある巨大な地下礼拝堂です。
ここで働く労働者の為に作られ実際にミサなども行われていたそうです。
シャンデリアやイエスの磔刑像、祭壇から床、宗教画にいたるまですべてが塩でできています。
これらは著名な芸術家ではなく、すべてここの坑夫が彫ったものだというから驚き。
圧巻のひと言です。

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「最後の晩餐」
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一見、タイルに見える床も塩でできています。

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ここ「ヴィエリチカ岩塩抗」は同じくポーランドの「クラクフ歴史地区」とともに1978年に世界で初めて世界遺産に登録された12件のひとつです。
1700年前、ヴィエリチカ周辺は海でした。
地殻変動が起こり、陸と陸の間に海水が残り湖となります。
湖が太陽の熱で蒸発し、塩の層だけが堆積して残るのが岩塩です。

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こうしてポーランド5日目は「アウシュビッツ強制収容所」「ビルケナウ強制収容所」そして「ヴィエリチカ岩塩抗」と内容の濃い見学を終えました。
この日はおそらく10km近くは歩いたのではないかと思います。
まさに海外旅行は体力勝負。
できるだけ若いうちにあちこち行っておこう。

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2024年04月06日

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」B

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」

昔の人たちがどのように塩を採掘してどのように運んでいたのかがわかります。
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メタンガスの焼き場
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地下での採掘で重要なのは労働者の為の空気の確保。
地下から湧き出てくるメタンガスを見つけて燃やしていました。
たいまつに火をつけて酸素がなくなるのがわかるように工夫がされています。

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16世紀ごろには働き手のひとつとして馬を使うようになりました。
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馬の力を借りて滑車を動かし岩塩を地上に運び出していました。

このようにハンガリーから連れてこられた数十頭もの馬が働いていました。
狭い坑内に大きな馬を入れるのは難しいので仔馬の時に坑内に入れて育て、大きくして働かせたそうです。
また地上に上げる事も難しく、馬たちは一生外に出られず地下で働いていたのだそうです。
ただミネラルたっぷりの場所だけに馬たちは驚くほど健康状態が良かったそうです。

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中世期、塩は「白い金」と呼ばれており、金よりも価値のある宝でした。
1樽の塩で1つの村と交換できるくらいの価値があったそうで、中世時代のポーランドの財源を担った製塩は現在も続いています。

塩産業の保護をしたポーランド王カジミェシュ3世の像。
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ポーランドの地盤を強固なものにした立役者として今日でも尊敬されている人物です。
ポーランド紙幣の50ズロチにも彼の肖像画が入っています。
この人が1日8時間労働を取り入れたそうです。
長期的に見てこれ以上働いたら作業効率が悪くなる事に気づいたのだとか。

昨年行った我が国が誇る世界遺産「石見銀山」をちょっと思い出しましたよ。

私の旅行記.gif

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2024年03月29日

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」A

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」
坑内では歴史上や神話上の様々なモチーフを象った彫像を見る事ができます。

「コペルニクスの間」
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1493年にここを訪れたコペルニクスの塩の記念像。

「ヤノヴィツェの間」
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キンガ女王の伝説をモチーフとした塩の像。

「ビスコヴァ・スカワの間」
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17世紀の階段と岩塩を地上に運ぶシステムを見ることができます。

「バロンチの間」
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光を浴びて緑に輝く地底湖。
湖の最深部は9mもあります。

「ミハウォヴィツェの間」
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17世紀に作られたと言われます。
白い木造の柱が美しい。

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すべて塩でできたシャンデリアの美しいこと
驚く事にこの岩塩杭にあるほとんどの彫刻は、ここで働く抗夫によって刻まれたものだといいます。

イルミネーション (2).gif

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2024年03月23日

世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」@

アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所のあるオシフィエンチムを後にして途中レストランでランチ。

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甘〜いドレッシングのサラダ
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ロールキャベツ
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挽き肉と一緒にお米や麦が入っていました。
日本のと違って柔らかい。

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もはや昼ワインが当たり前になってる
幸せ過ぎる

そしてこの日2ヶ所目の世界遺産「ヴィエリチカ岩塩抗」へ
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ヴィエリチカはクラクフの南東約15kmにある小さな町です。
この町の地下には、1250年頃から1950年代まで稼働していた世界有数の規模の岩塩採掘場があります。
コストの問題と、坑内で洪水が起きる危険性もある事から現在は採掘は行われておらず観光地として世界中から年間110万人もの観光客が訪れます。

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岩塩抗入り口。
周囲にはレストランやカフェ、ショップもあります。

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地下64m〜325mにわたってアリの巣のように入り組んだ採掘場の一部、約3.5kmが公開されています。
そこを歩いて見学したのですが本来の坑道は全長300km。
私たちが歩くのはほんの1%と聞きスケールの大きさを感じました。

坑道をどんどん進んでいきます。
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坑道の壁をペロッと舐めたらしょっぱかったです。
採掘場の様子はまたお伝えしていきますね。

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2024年03月15日

アウシュビッツ第二強制収容所(ビルケナウ)

アウシュビッツ第一強制収容所から約2km離れた所にある第二強制収容所ビルケナウへ。
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1941年10月、ブジェジンカ村に被収容者を補う為に第二強制収容所ビルケナウが開所されました。
ここは各地から送られてくる、より多くのユダヤ人を抹殺するための絶滅収容所として運用されていました。
ピーク時には9万人の人々が収容されていたといいます。

「アンネの日記」のアンネ・フランクが最初に収容されていたのもここビルケナウです。
アンネ一家はユダヤ人として強制収容所に収容されました。
そもそもユダヤ人とはドイツが定義したものであり、祖父や祖母がユダヤ教徒であればユダヤ人とされたそうです。
ドイツのフランクフルトで生まれ、オランダのアルステルダムで育ったアンネは13歳でアウシュビッツに収容されましたがアンネ自身は自分がユダヤ人であるとは思っていなかったそうです。
アンネは2ヶ月後に両親と離れ、姉と共にビルケナウからベルゲン・ベルセン強制収容所に移送されました。
劣悪な環境の中、食料もほとんど与えられず二人とも発疹チフスにかかり亡くなりました。

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「死の門」と呼ばれた収容所入り口。
広大な敷地の為、収容所内にまで線路が引き込まれています。

ドラマ「白い巨塔」を思い出される方も多いと思います。
唐沢寿明さん演ずる財前五郎がワルシャワの学会でポーランドを訪れた際に現地駐在員の諒子に連れられアウシュビッツを訪れました。
死が待ち受けるガス室と、労働者として収容所に向かう鉄道の分かれ道で五郎が「どちらに行っても地獄だったというわけか。」というセリフが印象的でした。
少女時代に「アンネの日記」ちょっと大人になってから映画「ライフ・イズ・ビューティフル」、ドラマ「白い巨塔」を観て、生きている間に一度はアウシュビッツに行きたいと思っていました。

そして「白い巨塔」のすごいところと言えばフィクションのドラマとしては世界で初めてアウシュビッツ強制収容所の内部で撮影されたこと。
あのスティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」でさえ撮影許可が取れなかったというのに。
「シンドラーのリスト」ではこの門の外側にセットを組み撮影を行ったそうです。
現地ガイドのアキさんも「白い巨塔」の撮影許可が出た事に関しては不思議でしょうがないとおっしゃっていました。

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大勢の人が窓のない家畜用の貨物車にぎゅうぎゅう詰めにされて連れて来られました。
水も食料も与えられない状況で何日も走っていたために車内で亡くなる人もいました。
「シンドラーのリスト」でオスカー・シンドラーがユダヤ人の乗った貨物車で暑くて苦しんでいる人を見て「水をかけるんだ。」と言って消火栓用のホースを使い先頭になって放水するシーンを思い出します。

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そしてこのビルケナウの降車場(ランペ)で死の選別が行われました。
「右へ行け」「左へ行け」
労働力として選ばれたのは到着した人のわずか25%。
残りの75%は降車直後にガス室で殺されました。
ここはもはや殺人工場なのです。

鉄道の引き込み線の終点に「国際慰霊碑」があります。
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石碑には「永遠にここは絶望の地であり、ヒューマニティに対する警告である。ナチスはここで、様々な国の主にユダヤ人の男性、女性、そして子ども達を約150万人殺害した」と書いてあります。
このメッセージは犠牲者の国それぞれの言語に翻訳されており20ヶ国分の石碑があります。

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広大な敷地は電流が流れる有刺鉄線のフェンスで9つに区切られSS(ナチス親衛隊)と犬が常に巡回しています。

多くの監視塔には機関銃と自動小銃を持った護衛兵が立っていました。
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囚人の命は気まぐれに残忍な刑罰を加える事ができる護衛兵によって支配されていたのです。

ビルケナウには300以上の収納小屋(バラック)がありましたが現存しているのは45棟のレンガ造りの小屋と22棟の木造の小屋のみ。
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終戦直後、建設資材不足となり収容所の木材が使われほとんどの収容所が取り壊されました。
レンガの煙突のみが残っています。

第一収容所では2階建てのしっかりとした建物で生活していましたがこちらのビルケナウでは沼地に建てられた基礎なしの粗末なバラックでの生活を強いられました。

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レンガ造りのベッド。

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ひとつのスペースに5〜7人が寝かされていたそうです。
ひどい場所では一番下が土のままの所もあったそうです。
窮屈で不衛生な環境のため、伝染病が急激蔓延しました。
トイレは1日1回、ほんの数秒で済ませます。
冬は−20℃にもなる中で暖房もなく寒さで亡くなる人もいました。

第一強制収容所にはガス室が1ヶ所でしたがビルケナウにはガス室が4ヶ所ありました。
第二、第三ガス室は脱衣場とガス室が地下にあり、死体焼却場は地上に造られました。

第一強制収容所にガス室の模型がありました。
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地下にある更衣室とガス室。

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1階が焼却場になっています。
地下から焼却場に死体を運ぶのも被収容者(ゾンダーコマンド)の仕事でした。
ナチスはガス室の上の小さな穴からチクロンBという毒ガスを入れるだけでした。

第二ガス室
焼却場の残骸
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戦況が悪化してくると、大量虐殺の証拠隠滅の為にナチス軍によって破壊されました。

第三ガス室
脱衣場の跡
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爆破されたままの状態で保存されています。

1944年、ソ連軍の急激な進軍に意表を突かれたドイツ軍は、この収容所を取り壊して大量虐殺の証拠を隠そうとしました。
多くの建物、重大な資料や遺品の多くは焼却されました。

私の長年の希望であったアウシュビッツ強制収容所の見学はやっと叶いました。

これはアウシュビッツ強制収容所で購入した本。ありがたい日本語版。
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ガイドさんに聞いた話、ガイドブック、ネット記事などを参照してブログに記してきました。
負の遺産ゆえにちょっと掲載をためらうような写真もありましたが、できるだけ読んでくださる方に伝わるようにと思い掲載させていただきました。
気分を害された方もいらっしゃるかもしれません。お詫び申し上げます。
訪問してから2ヶ月経過しているので忘れている事もありますが、記事を投稿した後で、ふと思い出す事もあります。
できるだけ正しくお伝えしたいので間違っている箇所は逐一修正していきたいと思います。
それにしてもアウシュビッツにこれだけの史跡や遺品、資料が残されているとは思いませんでした。
80年も前の出来事ですが鮮明に残る写真の数々には目を奪われました。
被収容者がこっそりナチス軍からフィルムを盗んだような話も聞きました。
これらの写真はナチスが行った大量虐殺の紛れもない事実をそのまま伝えてくれます。

アウシュビッツに行って感じた事は「人間の怖さ」です。
戦争という名の下、人はここまでも残酷になれるんだと思いました。
以前ドキュメンタリーで元ナチス軍の方がインタビューで、ユダヤ人を殺す事に対して罪の意識など何も感じなかったと聞きました。
そして収容されていた人たちも他人の死に慣れっこになってしまう。
自分たちの生活を守るために必要な事。そして人間を人間と思わなくなる。それが戦争というものなのでしょうか。
このような悲しい歴史がありながら今この一瞬にも戦争は行われているのです。
もうやめようよ。
私なんかは人生残りたかだか数十年。
でも子、孫まだそのずっとずっと先まで未来は続きます。
人の心を失ってしまう戦争は二度とあってはいけません。

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2024年03月11日

世界遺産「アウシュビッツ強制収容所」C

アウシュビッツ強制収容所第一収容所の7号棟。
ここでは被収容者の日常生活を再現しています。
1棟の宿舎に500人もの人が寝起きしていました。

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初期の頃の囚人たちはコンクリートの上に置いてあった藁の上に寝ていました。
その後マットレスが配給され、40人から50人用の部屋に200人もの人が折り重なるように寝ていました。
窓と窓の間にある写真がその様子を物語っています。

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その後収容者が増えると木製の3段ベッドが作られましたが掛け布団は汚れた穴だらけの毛布(薄い麻布)でした。
ここでも1段に数人の人が押し込められました。
ここ第一収容所は元々ポーランド軍の兵営であったため暖房施設は完備されていましたが、収容所として使用された時には薪などの燃料は供給されなかったそうです。

当時の食事は朝は500CCの「コーヒー」と呼ばれる濁った飲み物。
昼は腐りかけた野菜で作ったスープ。
夜は約300gの粘土のような黒パン。
とても食事と呼べるようなものではなくこれに重労働が加わるので多くの被収容者が栄養失調で亡くなりました。

アウシュビッツ地域一帯は夏は最高37℃、冬は最低−20℃を下回ります。
湿度の高い気候、劣悪な住居環境、飢え、暑さや寒さ、洗濯もできない囚人服と不衛生な環境でネズミや虫が多くいました。
そういった環境でチフスやカイセン等の伝染病の原因となり多くの人々に死をもたらしました。

10号棟では残虐な人体実験が行われていました。
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大量断種、新薬の治験、チフスに感染させて潜伏期間を調べる、飢餓による人体器官の変化の研究などさまざまな実験が行われました。
中でも医師ヨーゼフ・メンゲレは双子の人体実験に力を注ぎ約1500組3000人の双子を実験対象として非人道的な実験を繰り返しました。
生き残った双子はわずか180人ほどといわれます。
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ほとんどの実験は麻酔なしで行われ命を考慮する事はありませんでした。
衰弱するとガス室で殺されました。
狂気の沙汰としか思えません。


第20号棟は収容所病院でした。
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20号棟 (2).jpg
病院は常に満杯だったため医師はフェノール心臓注射で病人を殺し始めました。
椅子に座らせて心臓に注射をすると数秒で息絶えたそうです。
死体は荷車に乗せて焼却炉に運ばれました。

「点呼広場」
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朝と夕方ここに集合し、監視人による点呼が行われました。
雨の日も雪の日も行われ、時には数十時間にも及んだそうです。

集団絞首刑台.jpg
点呼広場の片隅にある集団絞首刑台。
12人同時に執行できます。
絞首刑は見せしめのため点呼時に執行されました。
脱走に失敗した人や、手助けをした人などが死刑になりました。

「死の壁」
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10号棟と11号棟の間にある通称「死の壁」
この壁の前で数千人にも及ぶ銃殺が行われました。
壁の横にある棟の窓には木の壁が付けられていますが、これは収監されていた被収容者が死刑執行を見ないための措置でした。
死の壁 (2).jpg

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第一強制収容所の見学はこれでおしまいになります。
真冬のこと、雪景色で木々や芝の緑が一切ないせいか余計に悲壮感を感じます。

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ここには世界中から多くの人が訪れます。
もちろんドイツからも。

私たちは第一強制収容所を後にして第二強制収容所「ビルケナウ」を目指します。

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2024年03月08日

世界遺産「アウシュビッツ強制収容所」B

アウシュビッツに送られてきた人々は3つのカテゴリーに選別されました。
即刻ガス室に送られるか、労働者として収容されるか、人体実験の対象として残されるかです。

仕事を課せられることで即死を逃れた人々を待っていたのは「労働による絶滅」です。
このような労働があったそうです。
@懲罰部隊
生産性のない過重労働をひたすら続けさせられ、多くが短期間に死亡したとされています。

A生産的労働
周辺の軍事工場で戦争に必要な資材を作り出したり施設を管理する為の労働。
技能者・知識者が選ばれたが過酷さに変わりはありません。

B特別労務班員(ゾンダーコマンド)
所内で死亡した被収容者の処分を担当させられ待遇は良かったものの口封じの為に数ヶ月に一度処分されました。

C労働監視員(カポ)
主にドイツ人の犯罪者から選ばれ、被収容者の階級では一番上でした。
他の被収容者を監視する仕事を行っていました。

囚人の中には収容所内の強制労働者として働く人もいれば、収容所の台所で働いたり、床屋として働く人もいました。
女性は山積みの靴、衣服、その他の囚人の持ち物を仕分ける事もありました。

ガス室
ガス室1.jpg

ガス室2.jpg

アウシュビッツに送られてきた人の8割はガス室で殺害されました。
パニックを防ぐため、収容所の看守はシラミを取り除くためにシャワーを浴びるのだと言いました。
貴重品は全部渡して服を脱ぐように指示されました。
その後裸でシャワー室(ガス室)に入れられ看守が鉄の扉を閉めて錠をかけました。

ガス室3.jpg


その時使われたのが「チクロンB」という劇薬。
ガス室5.jpg
これが天井の小さな穴から投げ込まれました。

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大量の空き缶が残されています。
4缶で1,000人を殺傷する事ができたそうです。
ガス室に入ってから20分以内に全員が酸素欠乏で亡くなりました。
遺体はいつも苦しそうに折り重なり、投げ込まれるための小さな穴の近くに殺到していたそうです。
どんなに苦しかった事でしょう。
監視下の中、囚人たちは死体を隣りの部屋に引きづっていき、髪の毛、金歯等を剥ぎ取るように強制されました。
遺体は焼却炉で焼かれるか集団墓地に埋められました。

ナチスにとって一番効率よく大勢を殺害できる方法がガス室での殺害だったのです。
ガイドさんの話だと毎日の銃殺でSS(ナチス親衛隊)の精神状態もおかしくなっていたそうです。
この方法だとSSの精神面の負担を配慮でき低コストで効率よく大勢を殺害できたのです。

当時のアウシュビッツの所長ルドルフ・ヘスは、このガス室のすぐ近くに家族と共に住んでいました。
家族を大事にし、おうちに帰ればとてもいいお父さんだったそうです。

ガス室6.jpg
後に(戦後)彼はガス室のすぐそばにある絞首台で公開処刑されました。
死の間際、ヘスは「自分は、ナチスの歯車のひとつだったということに過ぎない」と語ったそうです。
絶対に許される事ではないけど当時ヒトラーに逆らう事は死を意味する事であったに違いありません。
戦争は人間が人間でなくなり人の心を失ってしまいます。
先日ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシアによる全面侵攻で、これまでに31,000人のウクライナ兵が殺害されたと公表しました。
その一人一人に愛する家族や友人、守るべきものがあったはず。
大切なものを犠牲にしてまでやらなきゃいけないのかな。
止めれる人はいないのかな。

私がいつも(家で)言っている事。
@ロシアとウクライナは戦争じゃなくてスポーツ大会で楽しく決着をつける。
A北朝鮮は意味のないミサイル発射を一切止やめて国民を元気づける為に花火を上げる。
ミサイル一機でどれだけ大がかりな花火大会ができることか。
それで国民の士気が上がればその方がよっぽどいい。

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2024年03月05日

世界遺産『アウシュビッツ強制収容所』A

世界遺産『アウシュビッツ強制収容所』には当時を物語る多くの物や写真が残されています。

安住の地を与えると言われて連れてこられた人々はほとんどの人が全財産を持ってやってきていました。
到着すると持っていた荷物はすべて没収されまさに身ひとつになりました。

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靴(11万足以上)

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眼鏡(約40kg)

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義手・義足(470本)
障がい者も排除の対象でした。

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カバンやトランク(3800個)
安心させるために(後でわかるようにと)あえて名前、住所を書かせました。

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鍋などの日用品(1万2000個)

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タウェス(ユダヤ人が祈る時に肩にかける特別な布)

選別されて労働者として収容されるとまず髪を刈り取られました。
一部撮影禁止のエリアがありました。
そこには被収容者から刈り取った髪の毛がうず高く積まれていました。
7tあった髪の毛のうち約2tが残されています。
刈り取られた髪の毛は衣料品会社や絨毯製造工場に販売され糸や靴下に加工されました。

被収容者の写真。
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初期はこのように証明写真を撮っていましたが、毎日10時間以上の労働をしながら粗末な食事しか与えられなかった為、人々はやせ衰え証明写真とは別人のように人相が変わり写真は役に立たなくなったそうです。
後には下の写真のように管理番号(登録番号)の入れ墨をして管理していたそうです。
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過酷な環境の中でほとんどの方が数ヶ月で亡くなっています。

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男性は縦縞のズボンと上着を着用し、女性は作業着を身に着けました。
履物は男女ともにサイズの合わない作業靴が支給され木靴の場合もありました。
着替えなどなく与えられた1着の囚人服で一日を過ごしました。

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被収容者はカテゴリーで区別されています。
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囚人服には、「ユダヤ人」「政治犯」「一般犯罪者」「同性愛者」などを区別するマークがつけられています。
これは強制収容所内にヒエラルキーが形成されていた事を意味します。
ドイツ人を頂点に西・北ヨーロッパ人、スラブ人、最下層にユダヤ人や同性愛者がロマ・シンティが置かれ、下層にあればあるほど食料配給量や宿舎の設備、労働時間など過酷な状況に置かれ死亡率も高くなりました。
心理的に下層の被収容者がいる事で上層の者に多少の安心感を与えると共に、被収容者全体がまとまって反抗する機会を作らせない狙いがあったと考えられます。

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2024年03月03日

世界遺産『アウシュビッツ強制収容所』@

ポーランド旅行5日目。
ホテルを出発して70km離れたオシフィエンチムへ。

この日見学するのは今回の旅の一番の目的地でもある世界遺産『アウシュビッツ強制収容所』
第二次世界大戦中の1940年にナチス・ドイツによって占領地であるポーランドに建設され大量虐殺が行われた強制収容所です。

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入場の手続きを待っている人たちが大勢います。
世界中からたくさんの人々が見学に訪れます。
コロナ前の2019年度には年間230万人もの人が訪れたようです。
ちなみに広島の平和祈念資料館はどの位来館者がいるのか調べたら年間170万人を超えるらしいからこちらも相当すごい
そしてさらにすごいのはアウシュビッツ強制収容所は入場料が無料だという事。
ちょっと考えられないですよね。

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アウシュビッツ強制収容所には第一強制収容所とさらに規模の大きい第二強制収容所があり第二強制収容所を「ビルケナウ」と言います。
言わずと知れた負の遺産ですが、アウシュビッツに関してはお伝えしたい事がたくさんあるので何回かに分けて記していこうと思います。
この日案内してくださったのはポーランド在住の日本人ガイドさんのアキさん。
とても素敵な方で大変わかりやすい説明をしてくださいました。

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第一収容所の入り口ゲート。
「ARBEIT MACHT FREI(働けば楽になれる)」の文字が掲げられていますが「B」の文字が上下逆になっています。
ゲートを作らされた被収容者の小さな反抗の跡といわれています。
実は数年前にこのゲートの文字部分が盗まれて新たに取り付けられたそうです。
なんと罰当たりな
働けば楽になるというのはまったくの嘘で、一度入るとここから出る事はほぼ不可能でした。

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収容所には28棟の「囚人棟」があり、最大で28,000人も収容されていました。
ここで殺害された人は、100万人以上にものぼると言われますが実際の数はわかっていません。
その3分の2をユダヤ人が占めました。

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アウシュビッツにはさまざまな国から次々と人々が送られてきました。

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列車がアウシュビッツに到着すると待ち構えていたドイツ人の医師たちが『選別』と呼ばれる作業をします。
労働力になるか、ならないか。
働けない人間に価値はないとみなし、13歳以下(身長120cm以下)の子ども、妊婦、お年寄り、体の不自由な人は即ガス室に送られます。
選別すらされずに列車で着いた人全員をガス室に送り込む事もあったそうです。

敷地内は高圧の電流が流れる有刺鉄線に囲まれています。
もし逃げ出したりしたら連帯責任で家族や仲間も殺されてしまいます。
過酷な環境に心身共に衰弱し高圧電線に自ら身を投げて自殺を図る人もいたそうです。
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あちこちに監視塔が見られました。
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アウシュビッツ強制収容所の記事では目を背けたくなるようなお写真も出てくるかもしれませんのでご了承ください。


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2024年02月29日

クラクフの朝

ポーランド旅行5日目。
クラクフの朝。

ホテルのレストランで朝食をいただきます。
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ジャムやマーマレードがおいしくてついついパンをお代わりしてしまいます。

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ハムの種類多い

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フルーツ。

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やっぱり豆。

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モリモリ食べて5日目の観光も楽しむよ〜



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2024年02月26日

世界遺産「カルヴァリア・ゼブジトフスカ」

ポーランド旅行4日目。
ヴァドヴィツェからポーランド南部の町カルヴァリア・ゼブジトフスカへ。

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訪れたのはエルサレムの「ゴルゴダの丘」に見立てた世界遺産「カルヴァリア・ゼブジトフスカ」
ここはキリスト教徒にとって重要な場所。
95%にものぼるカトリック教徒を有するポーランドには数多くの教会があります。
その中でも「カルヴァリア・ゼブジトフスカ」は「ゴルゴダの丘」に見立てた建造物群を造り、その建築技術の高さや景観は目を見張るものがあります。
1999年に「マニエリスム建築と公園が織りなす景観、及び巡礼公園」として世界遺産に登録されました。

現在は約6kmの巡礼路が整備され、町全体が巡礼公園となっています。
毎年イースターの季節には、約10万人もの人が祈りを捧げるために集まります。
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残念ながら教会の扉は開かず中を見学する事はできませんでした。
日本だったら苦情の嵐になりそうですが外国だとなんか許せちゃうの不思議。

すっかり日も暮れてこの日の宿泊先のクラクフに向かいます。

この日のホテルは「ノボテルクラクフ シティ ウエスト」
ここに2連泊します。
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お部屋もきれいだしバスタブもありました。
ありがたい

ポーランドの一般的なホテルは日本と違い最低限のアメニティーしか備えられていません。
スリッパ、歯磨きセットは日本から持参しました。
いかに日本のホテルや旅館の細やかなサービスが行き届いているかと思いますが、逆に日本はやり過ぎ?とも思ったりもしました。
コットンやら綿棒やらシャンプーハットやら要る?

ちなみにポーランドのトイレはいたってシンプル。
一度もウォッシュレット(シャワートイレ)は見かけませんでした。
日本で公共の場でトイレにウォッシュレットがないと怒り狂ったりするくせに、それってよく考えたらなくてもいいような気さえしてきました。

ホテルのレストランで夕食。
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ひよこ豆のスープ

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ピクルスのサラダ

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牛フィレ肉の煮込み(マッシュポテト)

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デザート

お腹いっぱい

  

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2024年02月23日

ヨハネ・パウロ2世の故郷「ヴァドヴィツェ」

ポーランド旅行4日目。
シフィドニツァを後にして約300km離れたポーランド中南部の町ヴァドヴィツェへ向かいます。

途中おしゃれなレストランでランチ。
ポーランドの伝統料理「ピエロギ」をいただきました。
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もちもちした生地の中に具材が入ってます。
見た目は水餃子かな。
具材はチーズポテト、挽き肉、ほうれん草の3種類。
サワークラフトを付けていただくのですがなぜか醤油が置いてありました。
いや。これはたしかに醤油要るわ
見た目以上にボリューミーでお腹いっぱい。

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街を抜けると外はどこまでも続く大平原。
ポーランドとは「平原の国」という意味で国土のほとんどは広大な平野です。
国土の75%を山地で占める日本とは大違い。
ほとんどが畑のようですが真冬の事、緑もなくちょっと寂しい風景。
小麦は獲れないようですがジャガイモは豊富に獲れるみたい。
ポーランドではジャガイモはお米の代わりの主食みたいなもんですね。

外が薄暗くなった頃、ヴァドヴィツェに到着しました。
この町は1978年にローマ教皇に就任したヨハネ・パウロ2世の生まれ故郷として知られています。

『ヨハネ・パウロ2世の生家』
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ヨハネ・パウロ2世は1920年5月18日にこの家で生まれました。
クラクフのヤギェウォ大学で学んでいましたが第二次世界大戦が勃発するとポーランドはドイツ軍に占領され大学は閉鎖されました。
日々の労働で生活費を稼ぎながら、やがてクラクフ大司教がゲシュタポの目を盗んで開設した非合法の地下神学校で学業に励み、聖職者の道を志すようになりました。
戦後はローマで学び1964年にクラクフ大司教に任命され、1967年には枢機卿に叙任されます。
そして1978年に第264代のローマ教皇に就任いたしました。
イタリア人以外のローマ教皇に就任はオランダ出身のハドリアヌス6世以来455年ぶりの事でポーランド人としては初めての事でした。

ヨハネ・パウロ2世は空飛ぶ教皇」と呼ばれるほど世界各国実に100ヶ国以上をを訪問しています。
昭和56年(1981年)2月25日に広島を訪れた時の事はなんとなく憶えています。
核兵器廃絶を訴えた「平和アピール」は全世界の人々に多大な感銘を与えました。
すごく優しいお顔をされた方だなと思いました。
そうそう。あの時幟町の「世界平和記念聖堂」も訪問されたんだよね。
この生家は現在は博物館となっています。

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『聖母マリア教会』
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ヨハネ・パウロ2世の生家の隣りにある教会。
この教会でヨハネ・パウロ2世は洗礼を受けました。
この教会が建てられたのは1325年頃で、当初は木造の小さな教会だったそうです。
1440年に火災で焼失されましたが再建され、1726年にも火災で焼失しましたが1808年に再建されました。
1978年にローマ教皇に就任したヨハネ・パウロ2世は翌1797年6月に里帰りを果たしこの教会を訪れています。
共産主義国だったポーランド政府は彼の影響力を恐れて里帰りに反対しましたが阻止する事はできませんでした。

主祭壇
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教会にはいくつかの礼拝堂があり、そのひとつに「永遠の助けの聖母マリア」の肖像が奇跡の聖なる絵画として祭られています。
ヨハネ・パウロ2世はいつもその聖母マリアの肖像の前でお祈りをしていたそうです。

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ヴァドヴィツェの人々はヴァドヴィツェ出身である事、カトリック教徒である事に誇りを持っています。

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教会の前は広場になっており楽しそうにスケートに興じる様子が微笑ましかったです。

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2024年02月21日

世界遺産「シフィドニツァの平和教会」

ポーランド旅行4日目。
ヴロツワフで迎えた朝。
まずは朝ご飯から。

普段朝ご飯食べないくせに旅先だと食べちゃうのよね〜。
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パンはハード系が多いかな。
でも大丈夫。歯が丈夫過ぎるから

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フルーツは日本みたいに丁寧にカットしてなくてリンゴも丸まんま。
かぶりつくスタイル。

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豆をトマト味で煮たのは私の大好物。
毎日食べた。

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韓国コーナーがありました。
ヴロツワフは韓国と友好があるらしく週に一度直行便も出ているそうです。
そういえばホテルで韓国人の若者をちらほら見かけたわ。

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おかげでひさしぶりの白いご飯と本場のキムチをいただく事ができました。
もち米だったけど
カップの辛ラーメンも大人気でした。

ヴロツワフを出発して約50km。
世界遺産「シフィドニツァの平和教会」へ。

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ヨーロッパ最大の木造宗教建築物でカトリックの教会が多いポーランドでは珍しいプロテスタントの教会です。
カトリックとプロテスタントの30年戦争終結の講和条約によりプロテスタントの教会の建立が許可され1655年に完成しました。
3500本ものオーク材が使われており現在も95%がオリジナルを留めています。

建築の際には厳格な条件がつけられました。
「建設期間は1年以内」「石やレンガを使ってはいけない」「塔や鐘を設けてはいけない」「伝統的な教会建築様式を採用してはならない」等々。
伝統的なカトリック教会のような頑丈で立派な建物を建てる事は認められなかったのです。
木造建築でありながら釘は1本も使われていません。

鐘楼です。
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中に入るとまず洗礼の間があります。
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洗礼盤。
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シンプルな外観とは対照的に内部は豪華絢爛です。

建築許可100周年記念で作られた美しい祭壇。
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巨大なパイプオルガン。
パイプの数は3900本あるそうです。
パイプオルガンの下には聖書を持ったマルティン・ルターの肖像画が飾られています。
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パイプオルガンがこんなに美しいなんて

7,500人収容できる広い教会。
天井や壁画はすべて絵画で装飾されています。
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15分間のパイプオルガンの演奏を聴かせていただきました。
感動でした。
本当にすばらしかった

造ること、守ることへの人々の思いが詰まった建物は中に入るだけであたたかな気持ちにさせてくれます。
この旅で色んな教会を見学しましたがその中でも大変印象に残る教会でした。

教会を出た所に小さな可愛いカフェがありました。
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日本語の説明書きがありました。
警備員の家云々と書いてあります。
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2024年02月13日

ヴロツワフの街歩き

ポーランド旅行3日目。
ヴロツワフの街歩きのつづきです。

『ヤトキ通り』
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この辺りは昔食肉市場があった所。
木造りの軒が出たアートギャラリー、工房などが立ち並ぶ人気スポットです。


『聖エルジュビェタ教会』
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ヴロツワフの街の中いたる所に小人が住んでいます。
小人は妖精(ドワーフ)と言われすべて名前がついています。
姿形、職業もさまざまでその数400体近く
道端や店先に多く見られます。
美容室の前にはハサミを持った小人がいたり、消防士の小人がいたり。

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刑務所だった場所には監獄で鎖につながれた小人が。
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ハートを持った小人は大人気だそうです。
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小人マップ片手に愛らしい小人を探し求めている人もたくさんいます。
見ているだけでほっこり 癒されます。

『ヴロツワフ大学』
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ずいぶん若い人たちが多いなと思ったら大学がありました。

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ヨーロッパ最古の大学のひとつであるヴロツアフ大学。
バロック様式の建物で一見大学とは思えない重厚な佇まいです。
ここもヴロツアフの観光スポットのひとつです。
中に入りました。
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天井画がなんともすばらしい。
中からうっとりするほど美しいハーモニーが聴こえてきました。
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3日目の観光を終えてホテルへ
この日泊まったホテルは「イビス ヴロツアフ セントラム」
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この日は早目のチェックインで少しゆっくりできました。

ホテルのレストランで夕食。
豆のスープ、牛肉の煮込み、付け合わせは甘めのビーツとニョッキ。
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デザートのアップルパイもおいしくいただきました。
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ビールはアサヒスーパードライの味とそっくりでした
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ヴロツワフほんとにいい所だったなぁ。

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2024年02月09日

ヴロツアフの旧市街広場

ポーランド旅行3日目。
ヴロツワフの旧市街地を歩きます。

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それっぽい建物が見えてきました。
町の中心に位置する旧市場広場は、クラクフやポズナンと並んでポーランドを代表する中世市場のひとつです。
隣接する塩の広場とともに13世紀半ば頃に造られました。

『ヴロツワフの旧市庁舎』
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繊細な彫刻が印象的な市庁舎。
1290〜1054年にかけて徐々に建設され、その後も改築が加えられて現在の後期ゴシック様式の姿が完成しました。
内部はアート博物館として公開されています。

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マックもあるよ

この日のランチ。
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ブイヨンスープに白身魚のグリル。
ちょっと珍しかったので木の実のジュースも頼んでみました。

広場を囲む美しい建物群。
2日目に行ったトルンやポズナンの市街地に比べると人やお店も多く、都会的な感じでした。
説明は要らないと思います。
ため息が出るほど美しい街並みを見て欲しい
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あまりにも寒かったのでショコラのお店に入りました
ろくに英語もしゃべれないし注文するのも四苦八苦。
なんとかホットチョコレートやチョコを注文する事ができました。
どうにかなるのよ

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2024年02月05日

世界遺産『百年記念会館』

ポーランド旅行3日目。
ポズナンからシロンスク地方の中心都市ヴロツワフへ。

訪れたのは世界遺産『百年記念会館』
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シチトュニツキ公園の一画を占める百年記念会館は、ナポレオン戦争におけるライプツィヒとの戦いの勝利から100周年を記念して1911〜13年にドイツ人建築家マックス・ベルクの設計で造られた巨大な建築物です。
世界最大の鉄筋コンクリートドーム建築といわれ近代建築に重要な位置を占めるとして2006年にユネスコの世界遺産に登録されました。
構造はおよそ6,000人を収容できる円形の空間を中央に配置した、左右対称の四葉型になっています。

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中を見学する事もできますが私たちは建物の周りをぐるっと一周しただけ。

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2024年02月02日

古都ポズナンの散策

ポーランド旅行3日目。
ポズナンのホテル「ノボテル セントラム」で迎えた朝。

朝食のビュッフェはパンもチーズもソーセージもみんなおいしくて朝からモリモリいただきました。
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お部屋も清潔だしバスルームにバスタブがあるのがうれしい。
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さぁ、いざ。ポズナンの市内観光へ

ポズナンは、ポーランド初代君主ミシェンコ1世がポーランド王国を興した町であり、968年から1038年にかけてポーランド最初の首都として栄えた古都です。
人工は約53万人でポーランドでは5番目の規模。

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お寿司屋さんあった
その名も「島珍」

『ポズナン大聖堂』
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10世紀にポーランドがキリスト教を受け入れた直後に建てられたポーランド最古の教会です。
初期のポーランド国王たちの墓所でもあります。

『聖母マリア教会』
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聖母マリア像が建っています。

『旧市庁舎』
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13世紀にゴシック様式で建設されましたが、第二次世界大戦で焼失し、現在の姿は16世紀のイタリア・ルネッサンス様式で再建されたものです。
高い塔が人目を引く建物です。

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塔の下の時計の上、矢印をしてある所はからくり時計になっており毎日正午になると可愛い2頭の子ヤギが出てくてけんかをするそうです。
見てみたかったなぁ。

旧市街広場を歩きます。
寒いわ、風は強いわ。髪の毛秒でボサボサだし

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カラフルな建物がいっぱい。
可愛すぎる
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ポーランド中、いたる所で見かけるコンビニ「ジャプカ」
ポーランドではコンビニが1社しかないんだそうです。
日本のコンビニと変わらない感じですが24時間営業ではないそうです。

おとぎの国のように可愛い町並みが印象的だったポズナンともお別れ。
ヴロツワフに向かいます。

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2024年01月31日

世界遺産「中世都市トルン」

ポーランド旅行2日目。
ショパンの生家を後にして向かったのは世界遺産の中世都市トルン。
13世紀にドイツ騎士団によって拓かれた町は14〜15世紀には商業都市として発展を遂げました。
石畳の道にレンガ造りの建物が並ぶ旧市街は中世のままの姿を今も留めています。

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『コペルニクスの生家』
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地動説を唱えたポーランドの天文学者コペルニクスの生家。
コペルニクスはお金持ちの商家の子だったそうです。
20歳前までこちらで生活しています。
16世紀にこれまでの地球を中心とする天動説を覆す太陽を中心として地動説を唱えました。
中には入っていませんが現在はコペルニクスに関連する品々を展示した博物館になっています。

この日のランチ。
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何のスープだっけ?
ローストしたチキンにつけ合わせのマッシュポテト。

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レストランに熊がいた

『旧市庁舎』
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ゴシック建築が目を引くトルンの旧市庁舎。
14世紀に建てられました。
市議会や裁判所としての機能はもちろん王の宿舎でもあった場所です。
中庭に入ります。

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トルン市の紋章である天使の銅像が飾られています。
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旧市庁舎の前にコペルニクスの銅像があります。

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台座にはユネスコの世界遺産のマーク。

『聖母マリア教会』
14世紀後半に建てられたゴシック様式の教会です。
外観の写真は撮り忘れちゃいました。
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今回の旅ではかなり教会を見ましたがここが一番最初に見学した教会。

トルンの名物は「ピエルニク」というシナモンや生姜が香るジンジャークッキー。
買ってきたのはクッキーというのはちょっと柔らかくてクッキーというよりパンに近い感じ。
ショパンのお気に入りだったそうでトルンを訪れた際に大量に購入してワルシャワに郵送していたといわれています。

中世都市トルンの町並み、本当に素晴らしかった。
現地ガイドさんはポーランド人の学生さんで(女の子)。たどたどしい日本語ではありますが一生懸命説明してくれました。
日本には一度も行った事がないと言う。
すごいな。

トルンを後にしてこの日宿泊するポズナンヘ。
もうくたくた

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2024年01月27日

ショパンの生家

ポーランド旅行2日目。
まさかのヘルシンキ空港での乗り継ぎで予定より遅れてポーランドの首都ワルシャワに到着。

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さっぶ

先ず向かったのはワルシャワ郊外の村ジェラゾヴァ・ヴォラにあるショパンの生家。
当時の建物は残念ながら焼失しましたが当時のままに復元され公開されています。
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フレデリック・ショパンは1810年にここで生まれました。
生後7ヶ月までこの家で暮らしその後ワルシャワに移りました。
現在は博物館として、ショパンが生まれた部屋や、ピアノや家具、ショパンの出生届、洗礼証明書、両親の婚姻届けの複写などが展示されているほか、幼いフレデリック少年が初めて書いた楽譜の複製、両親のために書いたお祝いのカードなど貴重な展示を見る事ができます。

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広い敷地は公園として整備されており世界各国から贈られた1万本を超える植物が植えられています。
日本ショパン協会から贈られた桜の木もあるそうです
季節によっては新緑や美しい花々が咲き乱れるのを見る事ができる事でしょう。

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ショパン像。
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